CASA






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家造りOctober 17, 2009 11:55 AM
私はインカ帝国の首都だった街、クスコから乗合バスで1時間半ぐらいのアンデス山中の小さな村で制作研究しております。村と言いましても大きな広場の周りに30軒ほどの粗末な家が建ち、水や雑貨を売る小さな店が2軒あるだけの所です。ところが流石は南米、こんな小さな村にも小さな教会があり、大きな広場の両脇にはサッカーのゴールが設置されており何時でもサッカー場に早変わり出来るようになっているのです。2年間もこの様な小さな村にて制作をしておりますと村人のほとんどの方と知り合いになり、水などを買いに行きましても「タロウ、昼食を食べていきなよ。」とか「ちょっと一杯だけ付き合いな。」とか「サッカーをしないか?」なんて声をかけてくる。そこで腰でも下ろそうものなら、昼食が出てきて、酒が出てきて、だらだらと何時間かおしゃべりをする事になってしまうのです。村の女性陣は一日中織物を織って過ごし、男達は畑仕事をして暮らしているのですが、アンデス地方には雨期と乾期があり、乾期には畑仕事が出来ません。だから乾期には昼間から男達が土間でチチャと呼ばれるトウモロコシで作られた酒をチビチビと飲んでいる姿をよく目にします。「サルー。(乾杯)」、「パチャママ(大地の神)」と言いながら地面に少しだけ酒をこぼし、大地の神に御裾分けをしてから飲み始める姿を見ていると、カトリックを信じる国で今なお自然に対して畏敬の念を強く持っている事を感じさせられます。
そんなある日、石屋の親父さんが「タロウ、毎日クスコから通ってくるのは大変だろ?今度の家にはタロウの部屋も造ってあげるからな。二階がいいだろ?」なんて言ってくる。何の事だろう、と思っていると次の日から何人もの村人と石屋の職人達が大地を掘り、土を捏ね、藁を混ぜている。何をしているのだろうと制作をしながら気にしていると、その土を四角い型枠で抜いて大地に並べているではないか。彼等は日干し煉瓦を作っているのだ。
家を建てるという途方も無い様な作業を彼等は事も無げに自分達でやってのけようと言うのです。日干し煉瓦は二,三日で乾燥しある程度の硬さになるのですが、その間も均質に乾燥するように何度かひっくり返す必要があります。大自然の中、赤茶色い四角の土塊が均質に並べられている様子は何だか現代アートのインスタレーションを見ている様に感じさせてくれます。家を建てるに際し設計図の様なものが必要じゃないのか、と思うのですが彼等が設計図を見ている様子はありません。石屋の親父が地面に糸を張って、目印となる石を並べて大体の位置を決め、後は成り行きに合わせて村人と親父が相談しながら煉瓦を積んでいくという方法で家を建てるのです。「この辺に窓が有る方が良くないか?」って事で窓が出来、「ここに棚が有ると便利だぞ。」って事で棚が出来るのです。物を作る事に対し私は複雑に難しく考えていたのですが、「何だ、簡単な事なんだ。」と意味も無く感心させられる変な魔力の様な説得力が彼等の行動にはあるのです。
彼等の家を建てる作業の一つ一つが私にとっては新鮮で魅力的に感じられます。梁に使う木を入手する方法は中でもフフフと思い返すだけでも心がステップを踏むような素敵な気持ちにさせてくれる作業でした。石屋のあるサンタアナ村は高地(標高約3500m)にある為に大きな木はあまり育たないのですが、何故かオーストラリアからやって来たユーカリの木だけはすくすくと巨木に成長しているのです。村人達はこの木を伐採するのですが、この伐採方法が実に面白い。彼等は伐採する際に木が勝手な方向に倒れないように木の上部に結んだロープを皆で引っ張りながら切り倒します、その光景があたかも絵本の「大きなカブ」を実際に実践しているのではないか、と感じさせられる程に温かく楽しい光景でした。そして気が付けば次はどんな楽しい事を見せてくれるのだろう、と期待する私自身の心の高ぶりと好奇心が芽生えており、次のページを早く読みたいと思う子供の様な心を持って毎日石屋に向かうようになっていたのです。
石屋さんの家は村人達の1カ月以上にわたるコツコツとした地道な作業の御蔭でだいぶん出来てきました。しかしまだまだ屋根はどうして造るのだろう、内装は、階段はどうするのだろう、と日々のページを読み進める事に興味が尽きません。私は日本から遠く離れたインカ帝国の末裔達が暮らす村で、彼等が帝国滅亡後400年以上の時を経て変わらぬ物語を展開している不思議で温かく楽しい世界を覗く事が出来る事に喜び、この様な素晴らしい地で研究調査している事に感謝したいです。
研修期間も残り1年を切りました。より多くの言葉にならない“何か”を感じ、掴んで制作に活かしていきたいです。
